私は「書齋の徒」だ

 というのはすぐその次の日の早朝、國友大助がヒョッコリ私の前に現われたのである。

        22[#「22」は縦中横]

 氣がついて見ると、私は人が訪ねて來たことばかり書いている。曲《きよく》の無い話だと思うが、事實だから仕方が無い。私は「書齋の徒」だ。外に出れば、ただ裏町や場末や山野をウロつきまわつては、名も無い人たちと交るだけで、それもただ常識はずれの、おかしな、何の役にも立たぬことばかりして歩いている浮浪に近い。わざわざ人を訪ねて行くことなど、めつたに無い。私が相手をハッキリとその人と知り、相手も私と知つて面會するのは、ほとんど、その人が私の所へ來訪した時に限られていると言つてもよいのである。 國友大助は相變らず立派なナリをして、おだやかな顏で私の前に坐つた。昨日の佐々の話があるので、私は無意識の中に改めて國友を調べ直すような眼で見たが、どこから見ても堅實な新興會社の重役といつた人柄で、裏に影を少しも感じさせない。いつか貴島に斬られた傷の跡がこめかみのあたりにうつすりと殘つていた。それもしかし、そう思つて見るからの事で、知らずに見ればヒゲすりの際にカミソリがすべつた跡ぐらいにしか見えない。手土産に持つて來たウィスキーのびんを、私に見せようともしないで室の隅に押しやりながら、私の仕事部屋の壁の上の佛畫などに珍らしそうな眼を向けながらニコニコしている。「いつぞやは………」「やあ………こういう所で、やつていられるんですか。いいなあ、あなたなぞの仕事は。こういう所で落着いてやつていられれば、それで暮しになるんだからなあ。羨ましい」「駄目だ。落着いているように見えるのは外見だけで、こういう事になつて來るとわれわれの仕事ほど頼りにならない、おかしな仕事はないんだ。われながらどうしてこれで食つて行けているものだかわからないような始末でね」「そうかなあ。そんな事はないでしよう?」

— posted by id at 01:46 pm  

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