黒田組と束京のゴロツキ連中

「あそうか。………そうです。もつとも船にはもう居ないようで、又ほかへ移つたらしいですがね」「ぜんたいそんなにしていなきやならないなんて、どういうのかね?」「黒田組と束京のゴロツキ連中……そいつらと黒田組の間で取引きの事でゴタゴタがあつたらしいんですがね、そん中に貴島がまきこまれていて、と言つてもあの男の事ですから、詳しい事情も知らないままで、思いきつた事をやつちまつたらしいんです。先方のゴロツキの頭かぶの奴をなぐりたおしたか斬つたかもしたらしい。詳しい事は言わないんです。そんな事でモツレがひどくなつて、しばらく前からヤッサモッサもんでいたやつがこの一週間ばかり急に手荒い加減になつて來たんです。今となつては、先方では仕事のモツレの事よりも、貴島のような若造に勝手な事をされちやあ、そのままにしておけないと言うらしくつて、もつぱら貴島にとりついて來ているようですね。二三日前も黒田策太郎と貴島の間の連絡係をやつていた黒田の子分が、夜遲く貴島の所へ行つた歸りに野毛の裏街で袋叩きにあつてあばら骨を三本ばかりおつぺしよられて、今死にそうになつています。まあ、貴島も一寸あぶないですねえ。じやあこれで」 言い拾てて立ち上つた。それを玄關に送り出しながら私の頭に國友大助の事が浮び上つていた。東京の頭かぶの男というのが、それでは國友の事であろうか?「綿貫ルリはその後どうしているか知らんかね? 横濱まで出掛けて貴島君を追いかけ※[#「廴+囘」、第4水準2-12-11]しているようだとか………いや、ルリらしい女が近くをウロウロしていると貴島君の手紙に書いてあつたんだが?」「そうですか。いやあ………」靴を履きながら佐々はその晩初めて笑つた顏を振り向けながら「その女がルリ君だつたかどうか知りませんけどね、四五日前ルリ君と貴島とが會つたのは事實です。何の事あない、僕が逆にルリ君に尾行されていたんですよ。實におかしな女だ。四五日前僕が貴島のいる船へ――といつても、もやつてある四五そうの小舟から小舟へ渡つて行つてその船に行くんですがね、その船へ飛びついて、ヒョイと後ろを振りかえると何時の間に來たのか、脱いだ下駄を片手に持つてハダシになつたルリがヒョックリ、トモ[#「トモ」に傍点]に立つているじやありませんか。仕方がないや。そいで貴島に會わせました。實におかしな會見でしたがねえ。初め兩方で睨み合つたまま、何時までたつても默つているんです。その中に貴島がだんだんしよげて來て、まるで鹽をかけられた青菜のように首うなだれてしまいましてね。その中ルリが(貴島さん貴方何故私から逃げるの?)と言います。それから(貴方は私をケガしといて、どうしてくれるの?)と言います。ケガしたと、たしかに言つたんですよ。ヘヘ! 貴島は返事をしないんです。ルリはいろんな事を言い出します。そのうちに、えらく昂奮しましてね。貴島の方はボソボソと何か言つているんですけど、ルリの詰問が詰問なら貴島の答えも答えで、何やらまるきりわけがわからないんですよ。チンプンカンプンの議論ですね。わかる事は兩方がえらく昂奮している事だけで、特にルリなど蒼くなつたり赤くなつたり、口から泡を吹かんばかりにして貴島をなじるんです。あの女は、やつぱり氣が少し變なんじやないですかねえ。僕はしばらく默つてそれを聞いていたんですけど、その中にヒョット(こいつは一種の痴話げんかのようなものじやあないかな?)という氣がしたんです。そう思つたら急に自分が馬鹿馬鹿しくなつて、二人を捨てておく氣になつて、僕はその胴の間を飛び出して、ちようど隣りにもやつてあつた小舟に飛び移つて、そのトマの下にゴロリと横になつて煙草を吸つていました。疲れていたのでそのままグッスリ眠つてしまつたんですねえ。ですから、そのあと貴島とルリの間にどんな事があつたのか僕は知りません。今度眼が覺めてみるとまだ夜中で、あたりは眞暗なんですが、氣がつくと、ピチャピチャと水の音がするんです。すかして見ると、貴島とルリの乘つている小舟が、眞黒な水の上でゆつくり、ガボガボと左右に搖れているじやありませんか。どうしたんだろうと思つてそれを見ている中に、僕はあの美しいルリの身體を思い出したんです。それが貴島の身體とガッシリと組み合つているんですな。ダァとなりましたね。やりきれん氣がしたなあ。ピチャピチャという水の音が妙なる音樂になつた。リズムでさあ。ヒヤァ、まつたくです。僕はこの、實演も二三度この、なにした事があるんだけど、その舟がですね、暗い波の中でガブガブとゆれているのを見ている時に僕が感じた肉體にくらべりや、屁のようなもんでしたね。ヘヘヘ。とに角しみじみ聞かされちやつた。うなされたようにウトウトして、それから夜が明けました。向うの船に渡つて見たら貴島もルリもまだ寢ていましたが、どういうのか二人とも着のみ着のままで三疊敷位の胴の間の向うの隅とこつちの隅にコチンと轉がつているんです。起き出した貴島の右の手の平がひつかき傷だらけで血をふいているんですよ。後で聞いたら口論最中にルリからピンで突かれたそうです。ルリはまだ怒つた顏をしていましたがしばらくしてプイと立つて小舟を次ぎ次ぎと渡つて何處かへ行つてしまいました。何が何やらさつぱりわかりやあしませんよ。その晩どんな事があつたのやらわかりやしません。貴島に聞いても要領を得んのです。どうでもいいでさあそんな事。ヘッ! これから僕は久保の會社へ行くんです。爭議がひどい事になつているんですよ。や!」言うなり佐々はスッと玄關を出て行つた。 佐々の話に私は解説を附ける事はしない。と言うよりも私には出來ない。彼の話がどの程度まで本當であるか否かも私にはわからなかつた。それをユックリせんさくしている餘裕も實は私になかつた。

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