ひどい色魔

「そんなことは僕にも判りません。彼奴はひどい色魔ですから、そんなものをたよりにして若い映畫女優などに當つて歩きたいと言つたような事かもわかりません。しかしそれにしては、あんまり眞劍すぎますしね、今さらそんな事をしなくても、彼奴を追つかけまわしている女は掃いて捨てるほど居るんです。とにかく、彼奴のする事はわかりませんよ。唯泣くように頼むもんですからね。書いて下さらないでしようか? 實は今日は僕急ぐんです」 怒つたように言つて後は語らない。 とりつく島がないし、それをことわる理由もないので、私は古い手帳や住所録の類を取り出してリストを作りはじめた。亡友Mは映畫と演劇の兩方に永らく働いていた男だし、ひどい遊び好きの上に世の中のあらゆる事柄や人間に對してコッケイに思われる位に強い興味を持つていた男なので、友人知己の數は非常に多かつた。しかし彼と私の共通の知人、特に女性となると、ほとんどが演劇映畫關係に限られ、中に僅かに普通の知友關係とバーやカフエの女給などがまじつているだけだ。それでも住所録や手帳から書き拔いてみると二十名ばかりあつた。中の十五六人が女性である。しかしいずれにしろ戰前から戰爭末期へかけての記録であつて、終戰以後の激しい世態の動きの中で、それらの人々の住所はもちろんのこと、境遇なども、以前のままである者はすくないのではないかと思われた。 私がリストを作つている間、佐々はムッツリと怒つたような顏で一言も口をきかなかつた。重大な用が自分にはあるのに、こんな愚劣な事で時間を取られるのはやりきれない……そんなふうに思つているらしい。 作り上げたリストを私は默つて彼の前に出した。「すみませんでした。じや、これで僕は失敬します」「貴島君はまだ横濱の船の中に隱れているの?」「え?……」佐々はジロリと私を見て「どうしてそれを知つているんですか?」「四五日前に手紙をくれてね、そんなような事が書いてあつた」

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