今後あらゆる戰爭を絶對にしない

 或る戰爭は正しくて、或る戰爭は不正なのですか? 佐々はそうだと言います。僕には、わかりません。僕には、戰爭がホントに否定されるためには(その戰爭がどんな動機からなされた戰爭であつてもです)今後あらゆる戰爭を絶對にしない、しないですむ地盤に立つ以外に無いのではないかと思われます。そんな地盤が現在どこかに在るでしようか? もしそれが無いのに戰爭を否定したとしても、それはただの主觀的な希望に過ぎないのではないでしようか? 僕の考える事は堂々めぐりに過ぎません。ナンセンスです。僕は人も自分も、共に信ずる事が出來ません。信ずるという力が無くなつてしまつたのです。死んだ父だけを人間として信じているきりで、その他の一切を信ずる能力を失つてしまつたのです。しかたがありません。 僕は戰場で死んでいればよかつたのです。でなければ、復員して來て、父がセップクした事を知つた時に、すぐに死ねばよかつたのです。死んだ方がよかつたのです。 それはダメでした。イノチが惜しかつたのでも、死ぬのが怖かつたのでもありません。現在でも僕はイノチを惜しいとは思つてはいません。ましてその時は、そんなことは何でもありませんでした。それが、どうしてだか死ねませんでした。なんの理由もないのに、死ねなかつたのです。ただ、ハズミが無かつただけです。人間は生きるにせよ死ぬにせよ、その他のどんな事をするにも、その時のハズミだけらしいのです。 僕が今こうして生きているのも、時のハズミで生きているだけです。その他にどんな理由もありはしません。そして、他の人間も、結局は僕と同じように生きているに過ぎないと思います。ただ生れて來たから、何かにぶつかつて死ぬまで、なんとなく生きているだけです。生きている事に、何かの意味を附けて見たり、する事の一つ一つを正しいとか間違つているとか、善いとか、惡いとか言つているのは、人間の弱さが生み出したヘリクツに過ぎません。虎は虎のように生きるでしようし、兎は兎のように生きるでしようし、ウジ蟲はウジ蟲のように生きるでしよう。 一切がどうでもよい事です。ムキになつて考えなければならぬ事は、何一つない。人生は、生きるに値いしない。

— posted by id at 01:42 pm  

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