新聞や雜誌や政治などの議論

 だけど、それでは何が間違つていないのですか? それを僕に與えて下さい。それを僕に與えて下さい。そうです、今いろんな人が、それらしい物を與えてくれています。新聞や雜誌や政治などの議論で、あちらでもこちらでも有りあまる程與えてくれているように見えます。しかし、そのどれもこれもホントのものでは無いような氣がします。どれも信用出來ないのです。なにかしらゴマカシのような氣がします。それは議論そのものに責任があるのではなく、戰爭のおかげで僕自身が何もかも信じられなくなつているためかも知れません。そうです、たしかにそれがあります。現在、方々であの戰爭がまちがつていたと言い立てている人たちの大部分が、戰爭中にそれを「聖戰だ聖戰だ」と言つて、僕らを戰爭へ驅り立てた人たちと同じ人たちなんです。そんな連中から驅り立てられたのはテメエたちが馬鹿だつたからだ、と言われれば、それまでです。たしかに僕らは馬鹿でした。しかし、僕らにどうしてそれがわかつたでしよう? どうして僕らは賢こくあり得たでしよう? 僕らは若くて、まだ無知だつた。それが惡いと言われれば、たしかに惡い。文句無し。しかし、そうだつたんだ。今でも、そうかも知れん。だから、方々であれがドロボウ戰爭であつたと言われているのも、ホントは嘘かも知れないと言う氣がするのです。裏には裏が有るかも知れん。戰爭中「聖戰々々」と言われたのが嘘であつたのと同じように、今度も嘘かもわからない。そのどつちも、僕らの無知のために、ホントの事が見えないのかも知れない。そういう氣がするんです。猿がフライパンで一度大ヤケドをすれば、それにこりて、どんなフライパンでも疑うようになる。あれです。僕らは猿です。そして、いつになつたら猿でなくなることが出來るでしようか? また、結局、誰が猿で無いでしようか? とにかく、僕らは、コリました。それは僕のせいでは無いのです。とにかく僕には腑に落ちない事だらけです。總てが分らないのです。 日本の侵略戰爭をベンゴしようなどとは僕は毛頭思つていません。その反對です。僕はむしろその被害者の一人なのです。あれは、まちがつていただけでなく、僕にとつて憎いのです。いや、まちがつていてもいなくても、僕にはあの戰爭は憎い。あの戰爭は僕から父と、それから僕の青春の全部を奪い取つてしまつたのですから。 しかし問題はそれだけでは片附きはしません。日本のドロボウ戰爭が不正であつたという事は、わかつた。でも、それだけでは片附かない。それだけでは片附かない。それだけでは、なんにも積極的な力は生れて來ない。それとは別にもつと根本的に考えて見ることです。つまりです。

— posted by id at 01:41 pm  

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