怒りに燃えた、刺すような聲

 僕は口の中で言つたのです。すると、ルリさんが僕を睨みつけながら、喰いしばつた齒の間から、「き、き、き!」と言いました。貴島と僕の名を言うつもりなのか、昂奮し怒つたあまりの齒がみの音なのか、わかりませんでした。僕は彼女の眼にいすくめられて頭を垂れました。暫く時間がたちました。「なぜ、なぜ、こんな事を――貴島さん! 貴島さん!」 そう言いました。怒りに燃えた、刺すような聲です。そう言いながら、彼女は、自分の胸のVの所に右手をかけると、ベリリと言わせてワンピースの布を下へ向つて引き裂きました。ベリベリと、肩のへんも、むしり取るのです。兩眼は僕の方へ据えたきりです。あの人の白い胸と肩が闇の中に光つています。 僕は耐え切れなくなりました。「すみません」ともう一度言い、頭を下げて、逃げ出しました。うしろから、あの人が叫ぶような聲がきこえましたが、何を言つているのかは、わかりませんでした。

 それだけです。僕のした事は、それだけなんです。いえ、それだけでも非常識な無禮な事なんですから、僕はすまないと思つています。どんなにでも、詫びたいと思います。しかし、正直な氣持を言いますと、僕が亂暴を働らいたような氣が、ほとんど、しないのです。かと言つて、ルリさんにさされたと言うのは、やつぱりウソです。いけないのは僕の方です。しかし、どうしてルリさんは、ワンピースを破いたりしたのでしようか? 又、どうして、僕のしかけた事に對して言葉なり動作で拒絶してくれなかつたのでしようか? そのへんが僕にわからないのです。 どつちにしろ、惡いのは僕です。それにルリさんの家出が、その事に關係があるとすれば、僕はホントにすまないと思います。それに僕はあの人が嫌いではありません。こんな事のあつた後では、すこしルリさんが怖いのは怖いのですが、決して嫌いでは無いのです。ルリさんの身の上に惡い事が起きないようにと祈ります。

— posted by id at 01:39 pm  

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