まつくらな燒跡の向うに

「いえ、もう直ぐ。そら、灯が見えるわ。あれよ!」と言つて、あいている方の手で、まつくらな燒跡の向うにポツンポツンとついている燈火を指しました。「もう此處まで來れば、歸つてくだすつてもよろしいわ。ありがとう存じました」 その時僕はギクンとしたのです。此處でこのままこの人と別れる。別れれば、もうこれつきりで永久にこの人とは別れることになる。そういう氣がした事も事實です。しかしそれだけではありません。どう言えばよいか――そこで、その燒跡で一人になつてしまうことが、僕には、耐えきれなかつた。寂しいのです。口では言えない位、ジーンと寂しいのです。胸がしめつけられるようになつていました。 僕がいつまでも返事をせず、動きもしないで突つ立つているのでルリさん變に思つたのか、腕を組んだまま、身體をクルリとひねつて僕の顏を覗きこむようにしました。その動作のため、すこし汗ばんでいるようなルリさんの匂いが、ワンピースの中を這い昇つて、フワッと僕の顏に來ました。トタンに、僕の頭がクラッとしました。 そのあと、なにごとが起きたのか、僕はほとんど憶えていないのです。憶えているのは、僕が無意識にルリさんの身體をうしろから片手で抱えこむようにしたことです。それから、自分の顏をルリさんの首筋のうしろに持つて行つたことです。ワンピースの襟を引きさげるような事もしたようにおぼえています。すこしはだかつたルリさんの背中に顏が觸れました。その背中が、思いがけなくヒヤリと冷たかつた。それだけです。僕はそれだけをするにも、決して亂暴な荒々しい事をしたおばえはありません。スルスルスルと、ほとんど力をこめないで、してしまつたのです。ルリさんは、はじめ、「あつ!」と口の中で叫んだようでしたが、あとは石のように默つてしまつて、僕のするままに委せていました。むしろ、なんだかルリさんの方でそうされるのを迎えているような調子がありました。だつて、僕はそうしながらも、いや今になつて思い出して見ても、自分が進んでそんな事をしたと言うよりも、ルリさんからそうさせられたような感じでした。自分を辯解するために嘘を言つているのでは無いのです。嘘ならもつと僕は上手につきます。嘘をつく氣なら、初めからこんな事は話しません。 氣が附くと、ルリさんの身體が、僕に抱えられたままで不意にグタッとなりました。「いけない!」と僕は思いました。 急に頭がハッキリして、ルリさんの身體を離しました。ルリさんはすると、グルリと此方を向いて、僕を見つめました。睨んでいるような大きな眼でした。暗い中でそれがハッキリ見えました。からだをガタガタふるわしているようです。僕は恥かしくなりました。自分が小さく小さくなつて行くような氣がしました。そのへんに穴でもあつたら飛びこんでしまいたくなりました。「すみません!」

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