一通りや二通りでは無い

んでいるのが一通りや二通りでは無いからね。よつぽどひどい目に逢わされたんだと思わなきやならない。やつぱし、ヘヘ、花は散つたですかね。しよう無え。ヘヘ、―― ――と言うんです。どうです? それで僕が、ルリの寫眞を撮る所を見せてくれと言いますと、イヤだと言います。それで僕はちよつとシブイ事を並べました。馴れているからワケありません。スッパ拔くとか何とか言つておどかしたんだろう、ですつて? なに、おどかすつて程のことはしません。アッサリしたもんです。そいで、奴さんシブシブ承知して、今日は駄目だから明日來いと言うんです。そいで、その次ぎの日に行つて、その覗き穴から見せてもらつたわけです。「スタジオの中は天井一杯のガラス板からの光線で明るくなつています。こちらの室は暗い。ルリとNの間には、大體時間の打合せがしてあるらしく、Nがカメラの準備をして、こつちの穴からファインダアを睨んでいるんです。僕は、そのカメラ穴の僅かな隙間から覗くんだ。僕が覗いていることなど、ルリはもちろん夢にも知りません。カメラが向けられている事は知つている筈ですけど、見たところ、それもほとんど意識していないような樣子でした。はじめ向うむきに椅子にかけていたのが、靜かな動作でカスリの上衣をパラリと脱ぎます。肩と背中がむき出しになりました。と思つたトタンに、スラリと立ちながら、こつちを向く。ハカマが自然に下に落ちて、例の肌をした胸、乳房、腹、腰――ユラリと股が動いて、それが殆んど鼻の先に有るような感じですからね。アッと僕は聲を立てそうになりました。……眼の正月と言うのは、あの事だなあ。それからルリは、いろんなポーズをして見せるんです。ユックリユックリと手足や胴をくねらして踊るシャムの踊りを僕は一度見たことがありますけど、あの踊りをもつとユックリとスローモーションにしたような動作です。その動作そのものが次ぎ次ぎと、まるで魔力を持つているように、こつちの身體をしびれさせて來るようです。ルリ自身もウットリとなつています。一人でいながら、まるで目の前に相手が居るように、そして、その想像上の相手にからみ付いたり、離れてじらしたり、近寄つて抱きついたりするんです。相手は男らしい………Nは眼を据え緊張しきつて、パチパチとシャッタアを切つています。氣が付くと僕も手を握りしめ、むやみとノドが乾いていました。「……ヒョッと僕は、貴島のことを思い浮べたんです、その時、そして、ああそうだと思いました。なぜだか、わかりません。あの前日、カフエで押し問答をしている時に、貴島の住所を問い詰めて來たルリの表情の中にあつた、僕には何の事やらわからない烈しいものが僕の頭に燒き附いていたためかもわかりません。貴島てえ奴の、おかしな性質のためかも知れません。貴島は憐れな奴です。赤ん坊みたいに憐れで、とても見ちやおれんです。それでいて、女たらしです。まあ色魔ですね。いろんな女を引つかけて歩くんですよ。いや、女の方から引つかかつて來るんだ。僕の知つているだけでも貴島を取り卷いている女が四五人はおります。あなたも、こないだ逢つたでしよう、あの染子などと言う女も、その一人ですよ。貴島の奴が、女にどんな事をするのか、わかりません。いずれ大した事はしないにちがい無い。だのにゾロゾロと女との關係が絶えないんだ。ルリに對してだつて、貴島がどんな事をしたのか、サッパリわかりやしません。なんにもしなかつたかも知れないし、又はNが言うように、花が散つたかも知れません。そんな事はどうでもいいんですよ。どつちだつて大した事ぢや無いんですからね。ただ、そうしてルリの裸かのいろんなポーズを見ながら、貴島のことをフッと思い出したトタンに、キラリとまるで電氣のように僕にわかつた事があります。「それは、ルリが貴島を戀しているんじやないかという事です。そうです、あの女は貴島を憎んでいます、それは事實のようです。それでも、貴島を戀しているんじやないですかねえ。そう思つたんですよ僕は」

— posted by id at 12:45 pm  

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